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神戸地方裁判所 昭和56年(ワ)1243号 判決 1984年11月29日

原告

金寅吉

右訴訟代理人

山根良一

野澤涓

被告

株式会社成文社

右代表者

関龍太郎

被告

古谷泰利

被告両名訴訟代理人

古本英二

主文

一  被告らは各自原告に対し、金六六六万六七九四円及び内金六二九万六七九四円に対する昭和五四年五月九日から、内金三七万円対する昭和五九年一一月三〇日から各完済まで年五分の割合による金員を支払え。

二  原告の被告らに対するその余の請求を棄却する。

三  訴訟費用は五分し、その一を被告らの、その余を原告の各負担とする。

四  この判決の第一項は仮に執行することができる。

事実《省略》

理由

一請求原因1、2項記載の事実は当事者間に争いがない。

右争いのない事実によれば、被告古谷は民法七〇九条に基づき、同成文社は自賠法三条に基づき、原告が本件事故により被つた損害を連帯して賠償すべき責任がある。

二損害

1  基本事実

<証拠>によれば、請求原因3、4の(一)(二)の各事実が認められ、これに反する証拠はない。

2  治療費 一〇万七〇八六円

<証拠>を総合すれば、原告は、本件受傷による治療のため、原告主張のとおり、医療法人相信病院に一一五日間入院し、三八〇日間通院し、その通院交通費として八万三六〇〇円、診断書料代として二万三四八六円、合計一〇万七〇八六円を支出したことが認められる。

3  休業損害 六〇八万円

<証拠>を総合すれば、原告は、昭和五〇年一月ごろから靴底材料の加工販売を業とする「キンキ産業」を経営し、昭和五三年五月から同五四年四月までの一年間の売上高は四億四九八〇万九七〇八円であつたこと、総理府統計局編「個人企業経済年報」中の個人企業の営業利益率表には、ゴム製品製造業の場合、全国平均の営業利益率は昭和五一年度で15.1パーセント、昭和五四年度で26.4パーセントと記載されていること、原告は、本件事故による頸椎捻挫のため、事故日の昭和五四年五月八日から右頸椎捻挫の後遺傷害が症状固定した同五六年一月五日までの六〇八日間、右「キンキ産業」に就労できなかつたこと、しかし、右「キンキ産業」は、本件事故当時、従業員が男女合わせて約一〇名居り、原告が就労しなかつた右期間中も営業を続けて収益をあげていたこと、原告は、昭和五六年三月義兄の山田泰久に対し、右「キンキ産業」の営業譲渡をしたことが認められる。

右認定事実によると、原告の経営していた「キンキ産業」は本件事故前、年間四億四九八〇万九七〇八円の売上高があつたものであり、その営業利益率を15.1とした場合、同年間の営業利益は六七九二万円となる。そして、原告は、右営業利益全額につき、前記認定の就労できなかつた期間に乗じて計算した金額一億一三一三万七九七〇円をもつて、休業損害であると主張する。

しかし、企業主が生命もしくは身体を侵害されたため、その企業に従事することができなくなつたことによつて生ずる財産上の損害額は、原則として、企業収益中に占める企業主の労務その他企業に対する個人的寄与に基づく収益部分の割合によつて算定すべきであり、企業主が事故にあつたのにかかわらず、企業そのものが存続し、収益をあげているときは、従前の収益の全部が企業主の右労務等によつてのみ取得されたものではないと推定するものが相当である(最高裁判所昭和四三年八月二日第二小法廷判決、民集二二巻八号一五二五頁参照)。

これを本件についてみるに、前記認定事実によれば、原告の経営する「キンキ産業」は、原告が本件事故にあつて就労できなかつた期間中も、継続して利益をあげていたのであるから、原告の前記事故前の収益全部が原告の労務等によつて取得されたものと推定できず、したがつて、原告主張の前記休業損害額を採用できない。

それでは、原告の前記個人的寄与に基づく収益部分はどれ程であつたかを考えてみるに、① 原告が前記症状固定した昭和五六年一月当時「キンキ産業」の収益が減少していた場合、その減少額が原告の前記個人的寄与率を測定する一応の目安となるのであるが、本件全証拠によるも、右当時の収益が分明しないから、これを測定することはできない。なお、右の点につき原告本人は、右症状固定当時「キンキ産業」の収益がなかつた旨の供述をしている。しかし右供述部分は措信できない。何故なら、原告が本件事故の約五か月前である昭和五三年一二月七日交通事故(以下第一の事故という)にあつて、頸椎捻挫等の傷害を受けたことは当事者間に争いがなく、原告本人尋問の結果によれば、原告は右受傷治療のため、その事故日ごろから昭和五四年三月三一日まで入院していたことが認められ、それによると、原告は、昭和五三年五月から同五四年四月までの一年間のうち約四か月入院していたことが明らかであるところ、前認定のとおり、「キンキ産業」は右一年の期間中、四億四九八〇万円の売上高があつたのであるから、原告が本件事故により約四か月入院した事実があつても、本件事故後もそれ相当の売上高を上げ得たはずであり、また、原告の本件事故による頸椎捻挫による後遺傷害の程度は自賠法施行令別表一二級すなわち局部に頑固な神経症状を残すというものであつて、その症状程度からすれば、「キンキ産業」の経営者としての手腕力量を発揮できないわけでもなく、右退院後、前記売上高を保持できたはずと思われるゆえである。② もし「キンキ産業」が本件事故前、前記売上高に対する前記15.1パーセントの営業利益率によつて計算された営業利益年額六七九二万円(月額五六六万円)の高利益を上げ得たものとするならば、利益をうることを目的とする商人たる原告として、本件受傷による労働力不足については従業員を雇つてでも、企業の存続を計るのが通常であり、その増加人員の給料相当額に減少額を加えた額が原告の前記個人的寄与率を測る目安となるが、原告本人尋問の結果によれば、原告は、従業員を増加しなかつたことが認められるから、これも測定することができない。③ 以上のとおり、「キンキ産業」の本件事故前の売上高からは、原告の前記個人的寄与率を測定することができない。④ ところで、原告は、昭和五四年六月一三日第一事故の加害者側との間で、その事故につき示談をしているが、その示談において原告の休業損害は月額三〇万円と合意しており、また、原告は、本件事故の約一年八か月後である昭和五六年一月四日交通事故(以下第三事故という)にあい、頸椎捻挫の傷害を受け、昭和五七年一二月一〇日第三事故の加害者側との間で示談をしており、その際の原告の休業損害も月額三〇万円と合意していること、以上の事実は当事者間に争いがなく、他に原告の前記個人的寄与率を測定する方法の見出せない本件では、原告の本件事故当時の収益部分は右各示談で表われた休業損害月額三〇万円をもつて相当と認める。もつとも、原告が第一事故加害者側と示談した際、合意した休業損害月額三〇万円は、昭和五三年度の税務署取ママ得申告額年割四五〇万円により算出したものであることは当事者間に争いがなく、右所得申告額は「キンキ産業」の前記営業利益年額六七九二万円と相当開きがあるが、右営業利益は前記のとおり全国平均の営業利益率によつて計算したものに過ぎないのであつて、<証拠>によれば、「キンキ産業」の本件事故前の営業については、不渡手形や交際費のため月々欠損のあつたことが認められるから、前記所得申告額が真実と合致しないものということができない。また、原告が前記各示談で第一第二事故加害者側との間で合意した原告の休業損害額三〇万円は仮定的なものであつたという原告本人尋問の結果は、首肯すべき根拠がなく措信できない。

以上の次第で、原告の本件事故当時における収益は月額三〇万円と認定すべく、前認定のとおり原告は本件事故により六〇八日間就労することができなかつたから、その休業損害を計算すると、六〇八万円となる。

30万円×608÷30=608万円

4  逸失利益 一七九万六四〇七円

原告は、本件事故により前記一二級の頸椎捻挫後遺障害のあつたことは前記のとおりであり、その労働能力喪失の程度は一四パーセント、同期間は四年間、これに対応するホフマン係数3.5643をもつて逸失利益を計算すれば、頭書記載の金額となる。

30万円×12×0.14×3.5643=179万6407円

5  慰藉料

傷害慰藉料については、前記入院期間を考慮し一二四万円、後遺症慰藉料については一二六万円、合計二五〇万円をもつて相当と認める。

6  以上1から5までの損害合計額は一〇四八万三四九三円となる。

7  原告の素因の寄与度

争いのない前記請求原因1の(五)の事実によれば、被告古谷運転の加害車が時速僅か約一〇キロメートルの速度で原告車と追突したに過ぎないのに、原告が頸椎捻挫の傷害を負つたのは、原告が第一事故により頸椎捻挫を罹患していたのが契機になつていること、また本件事故による同傷害の治療が長びいたのは第一事故によるそれと関連性のあることがいずれも否定できず、原告の本件事故前の病的素因は、本件事故の損害発生に寄与しているものというべく、このような場合、損害の公平な負担の理念上、素因の寄与度に応じて損害を減額するのが相当である。

そして、右素因の寄与度は、第一事故の月時、本件事故の前記態様等諸般の事情を勘案して二割とみることができる。

そうすると、前記6の損害は次のとおり、八三八万六七九四円となる。

1048万3493円×(1−0.2)=838万6794円

三損益相殺

本件事故につき自賠責保険から二〇九万円が支払われていることは当事者間に争いがなく、前記損害金八三八万六七九四円から右てん補額を控除すると、残金は六二九万六七九四円となる。

四弁護士費用

本件事案の内容、審理経過、認容額等に照らすと、本件事故と因果関係のある弁護士費用額は三七万円と認めるのが相当である。

前記損益相殺後の残損害に右弁護士費用を加えると、損害合計額は六六六万六七九四円となる。

五結び

以上の次第で、被告らは連帯して原告に対し、本件損害賠償金六六六万六七九四円及び内金六二九万六七九四円に対する昭和五四年五月九日から、内金三七万円に対する昭和五九年一一月三〇日から各完済まで民法所定の年五分の割合による遅延損害金を支払義務があり、原告の請求は右認定の限度で正当として認容すべきも、これをこえる部分は失当として棄却を免れない。

よつて、訴訟費用の負担について民訴法八九条、九二条、九三条を、仮執行の宣言について同法一九六条を各適用して、主文のとおり判決する。

(広岡保)

別紙<省略>

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